『ハエ取り紙の逆襲』
2026/02/09
『ハエ取り紙の逆襲』
名古屋を拠点に全国で活動する
経営コンサルタントの毛利京申です。
おはようございます
先日、名古屋市北区にある『金城市場』内にある肉屋が閉店するというニュースがありました 。
市場の中に残っていたのが、この肉屋一件だったようです。
また、ひとつセピア色したお店の歴史が幕を閉じるようですね。
私の実家、夕張郡栗山町にも市場がありました。
昭和40年から50年ぐらいの記憶しかありませんが、魚屋、八百屋、果物屋
おもちゃ、洋品店、貸し本屋などのお店が並び賑わいを見せていた記憶です。
貸本屋で、少年キングを5円で借り、開くとスイカの種が挟まっていたり、何かを零した汚れがあったりで、何となく、そんなことが想い出として残っています。
昭和40年頃の市場って、ただ物を買う場所じゃなくて、人の暮らしそのものが
ぎゅっと詰まっていた空間でした。
八百屋の湿った木箱の匂い、魚屋の氷の冷気、おもちゃ屋のカラフルな紙箱、雑貨屋の棚
に並ぶ“なんでもある”感じ。
そして貸本屋――あの独特の紙の匂いと、手垢のついた背表紙。
スイカの種が挟まっていた漫画本の話は、なんとも言えない「時代の手触り」がありました。
誰かがスイカを食べながら夢中で読んで、気づかずに種を落としたのかもしれない。
その“誰かの生活の温度”が、本の中にそのまま残っていたわけで、今の時代ではまず出会えない種類の痕跡です。
魚屋においては、大きなホッケが、10枚で100円でした
頭の位置に注意しないと、ハエ取り紙が、モーちゃんの紅顔にべたっとくっ付きます 。
その10枚が、一山100円でした。
開きホッケが10枚。そして、そこからさらに値切る
この「値段のやり取り」こそ、市場という“生きた舞台”の一番面白いところでした。
• 売る側は「これ以上は無理だよ〜」と 言いながら、 実はちょっと嬉しい
• 買う側は「もうちょっとなんとかならん?」 と笑いながら攻める
• 周りの客もそのやり取りを聞いて ニヤニヤしている あの空気は、 値段以上の“人の温度”がありました。
しかもホッケ10枚って、今の感覚だとちょっとした業者買いですよね
でも当時は家族も多いし、焼いても府令にしても美味しいし、「安い時にまとめて買う」のが普通の暮らしの知恵だった。
値切りって、単なる値段交渉じゃなくて、「今日も元気かい」「また来たよ」っていう会話の延長線上だったんですよね。
皆さんは、ハエ取り紙って知っていますか?
名前のとおり、ハエがこの紙にくっつくのです
まさに両面ガムテープのようなものでした
この蠅取り紙の会社は倉敷市にある
カモ井加工紙株式会社ですが、創業は
何と1923年、創業102年です 。
カモ井加工紙株式会社 公式サイトカモ井加工紙株式会社 公式サイト トップページ www.kamoi-net.co.jp
この会社は、ハエ取り紙で培った
粘着技術を応用し、現在は
• 工業用マスキングテープ
• 文具・雑貨向けマスキングテープ「mt」
• 粘着式捕虫製品
など幅広く展開し、海外でも展開しています。
もし、この会社が、ハエ取り紙しか
作っていなかったら
モーちゃんは、今の時代二次創業は
大賛成です。
しかし、本業を生かした延長線上
の商品を作ったり、関連事業を
やるのなら大賛成します。
一度、二次創業を考えているのなら相談に来ませんか?
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